東京高等裁判所 平成11年(行ケ)259号 判決 2000年12月25日
原告
ザ ダウ ケミカル カンパニー
代表者
【A】
訴訟代理人弁護士
宇井正一
同 弁理士
吉田維夫
同
西館和之
被告
特許庁長官【B】
指定代理人
【C】
同
【D】
同
【E】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成6年審判第19318号事件について平成11年2月26日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文第1、第2項と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和61年8月25日(優先権主張、1985年8月26日・米国)、名称を「改良された封入用組成物」とする発明について特許出願(特願昭61-197459号)をしたところ、平成6年8月30日、拒絶査定を受けたので、同年11月28日、これに対する不服の審判を請求した。特許庁は、同請求を平成6年審判第19318号事件として審理し、平成7年8月2日、本件特許出願は出願公告されたが、【F】から特許異議の申立てがされ、特許庁は、平成11年2月26日、「本件特許異議の申立ては、理由があるものとする。」との決定をするとともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月14日、原告に送達された。
2 本件特許出願の願書に添付された明細書(平成6年法律第116号附則6条1項の規定により明細書の補正についてはなお従前の例によるとされ、平成5年法律第26号による改正前の特許法161条の3第3項において準用する同法64条1項の規定に基づく、平成10年5月1日付け手続補正書による補正後のもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨
(A) 少なくとも1種の充填剤、
(B) 少なくとも1種のエポキシ樹脂、および
(C) 少なくとも1種の、成分(B)のための硬化剤、
を含む封入用組成物であって、
成分(B)の少なくとも一部として、
(i) エピハロヒドリンと、および
(ii)(1)1種またはそれ以上の炭化水素ノボラック(HN)樹脂、(2)1種またはそれ以上のハロゲン化HN樹脂、(3)(1)および(2)の組み合わせ、または(4)(a)1種またはそれ以上のHN樹脂または1種またはそれ以上のハロゲン化HN樹脂またはそれらの組み合わせおよび(b)1種またはそれ以上のフェノール-アルデヒドノボラック(PN)樹脂、1種またはそれ以上のハロゲン化PN樹脂、1種またはそれ以上のビスフェノールAに基づく樹脂またはそれらの組み合わせと、
の反応生成物を脱ハロゲン化水素して得られる生成物(HEN)であって、(ii)のHN樹指がフェノール、クレゾールまたはそれらの組み合わせと、70重量%以上100重量%未満のジシクロペンタジエン、0~30重量%のC10二量体、0~7重量%のC4~C6不飽和炭化水素のオリゴマーおよび100重量%を与えるのに必要な量のC4~C6アルカン、アルケンまたはジエンを含む混合物との反応生成物の少なくとも1種から選ばれ、HENが前記組成物中に、成分(B)中に存在するエポキシ官能基の90~100%が前記HEN部分によって占められるような量で存在する生成物を用いたことを特徴とする組成物。
3 審決の理由
審決の理由は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、いずれも本件特許出願前に頒布された刊行物である、特許協力条約国際公開 WO 85/00173号パンフレット(1985年1月17日発行、審判甲第1号証・本訴甲第4号証、以下「引用例1」という。)及び「封止材の基礎知識」化学技術誌MOL昭和59年8月号63~69頁(審判甲第2号証・本訴甲第5号証、以下「引用例2」という。)に記載された各発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないというものである。
第3原告主張の審決取消事由
審決は、本願発明の容易想到性の判断を誤り(取消事由1)、本願発明の顕著な効果を看過した(取消事由2)結果、本願発明は引用例1及び引用例2記載の各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った判断をしたものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(容易想到性の判断の誤り)
(1) 審決は、「本願発明と甲第1号証(注、引用例1)に記載された発明とを対比すると、前者では、組成物の用途が封入用と規定され、また組成物にシリカ粉末等の充填剤が配合されているのに対し、後者にはこれらについて特に触れられていない点で両者は相違し」(審決書7頁2行目~6行目)とした上、「甲第1号証に記載された発明のエポキシ樹脂組成物の改善された耐湿性や耐薬品性、電気特性等に着目して、該エポキシ樹脂組成物を封入用(半導体封止用)の用途に用いること、及びその際に該エポキシ樹脂組成物に充填剤(シリカ)を配合したものとすることは当業者が容易に想到し得るところであり、この点に格別の技術的創意工夫がなされたものとは認められない。」(審決書7頁14行目~8頁1行目)と判断するが、誤りである。
(2) 引用例2(甲第5号証)には、半導体封止用の材料としてエポキシ樹脂系材料が主流であることが記載されているものの、いかなるタイプのエポキシ樹脂が半導体封止用に適する特性を有しているのかについては、何らの開示も示唆もない。エポキシ樹脂には、極めて多くのタイプがあって、これらのいずれもが半導体封止用に適するのではない。引用例2の記載から引用例1(甲第4号証)記載のエポキシ樹脂に注目し、これを封入用に用いることは、当業者にとって困難である。被告は、エポキシ樹脂であればすべて例外なく封止用に適した特性を有するかのように主張するが、誤りである。
(3) 引用例1(甲第4号証)には、そこに記載された樹脂が市販の高性能エポキシ樹脂より高い耐湿性及び電気特性を有していることについて、具体的な実験データをもった記載がされていない。また、引用例2(甲第5号証)は、樹脂と素子との間に発生する熱応力が大きいと素子表面の樹脂膜にクラックが発生したり、素子の配線がずれたりして、素子の耐湿性が低下するということを述べているのであって、樹脂自体の耐湿性及び電気特性に関する記載ではないから、モールド収縮性が耐湿性及び電気特性と密接に関連するとの記載はない。引用例1及び引用例2にこれらの記載があるとする被告の主張は失当である。
2 取消事由2(顕著な効果の看過)
(1) 審決は、本願発明が引用例1及び引用例2の開示から予測することのできない顕著な効果を有することを看過したものである。
(2) 本願発明の封入用組成物は、電気特性及び耐湿性についての特性並びにその保持性が一般の樹脂より優れている。特に、電気電子部品の封止材料においては、電気的に高い絶縁性を有していることが極めて重要であるが、本願発明の封入用組成物は、この点において優れている。このような本願発明の顕著な効果は、引用例1及び引用例2の開示から予測することができない。
(3) 被告は、樹脂における吸水性の低下は耐湿性の改善につながることが技術常識として知られており、本願明細書に記載されている耐湿性(121℃の蒸気暴露)等の測定結果は、引用例1に記載された樹脂の電気特性を具体的にデータで示したものにすぎず、これをもって予測できない効果と評価することはできない旨主張する。しかしながら、吸水性の低い樹脂が121℃の蒸気暴露において高い耐湿性を有するかどうかは、当業者が予測可能なものではない。まして、引用例1に開示された23℃水暴露による吸水性の低い樹脂が121℃の蒸気暴露において高い耐湿性を有するかどうかを予測することはできない。
第4被告の反論
1 取消事由1(容易想到性の判断の誤り)について
(1) 原告は、引用例1記載のエポキシ樹脂を封入用に用いることは、当業者であっても困難である旨主張するが、失当である。
(2) 「エポキシ樹脂」とは、通常、分子内にエポキシ基を2個以上含む高分子化合物及びそのエポキシ基の開環反応によって生成する合成樹脂を意味し、引用例2における「エポキシ樹脂」及び「エポキシ樹脂系材料」の語は、上記意味を有する技術用語として記載されている。したがって、半導体封止材料としてエポキシ樹脂系材料が主流である旨の記載から、エポキシ樹脂であれば通常の封止材料としての用途に使用可能であると考えてよい。封止材料としての用途に使用できるエポキシ樹脂が特定の限られた種類のものでなければならないとの技術常識は存在しないから、引用例2にどのような種類のエポキシ樹脂が半導体封止用途に適するかについて開示や示唆がなくとも、引用例1記載のエポキシ樹脂を封入用に用いることが困難であるとはいえない。
(3) 引用例1に開示されている新規なエポキシ樹脂は、耐湿性及び電気特性が改善されたものであるから、引用例1に耐湿性及び電気特性の具体的な程度が開示されていなくとも、上記エポキシ樹脂がフェノール・ホルムアルデヒド樹脂のような市販の高性能エポキシ樹脂よりも高い耐湿性及び電気特性を有することは、当業者にとって理解可能である。さらに、引用例1記載のエポキシ樹脂について具体的に開示されている特性は、モールド収縮性及び改善された耐水性(吸水性)溶剤性であるが、これらは耐湿性及び電気特性と密接に関連する。すなわち、モールド収縮性は応力に関連するが、引用例2には、この応力の値が耐湿性及び電気特性に影響することが記載されている。また、吸水性の低下が耐湿性の改善につながることは技術常識である。そして、引用例1には、記載されたエポキシ樹脂が吸水性において一般的な樹脂であるCR1より低いことが実験により確認され、明記されているから、この実験結果により、引用例1記載のエポキシ樹脂が従来品よりも耐湿性において優れていることが開示されている。そうすると、引用例1には、ここに記載されたエポキシ樹脂が従来の高性能エポキシ樹脂より耐湿性及び電気特性において改善されていることが開示され、また、耐湿性が従来樹脂より向上していることも示されている。
2 取消事由2(顕著な効果の看過)について
(1) 原告は、本願発明の封入用組成物が引用例1及び引用例2の開示から予測することができない顕著な効果を有する旨主張するが、失当である。
(2) 引用例1には、耐湿性及び電気特性の改善に加え、モールド収縮性及び吸水性の低下という、電気特性及び耐湿性の改善につながる性質も示されているのである。特に、エポキシ樹脂の分野における「電気特性」とは、体積抵抗率、高周波特性(誘電率、誘電正接)の温度変化、周波数変化による安定性を指すから、引用例1の記載においてこれらが改善されていることが開示されている。したがって、本件明細書に記載されている封入用組成物の測定結果は、引用例1記載のエポキシ樹脂の特性を具体的にデータで示したものにすぎない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(容易想到性の判断の誤り)について
(1) 引用例1(甲第4号証)の特許請求の範囲第1(30頁1行目~11行目)、第3(31頁19行目~27行目)及び第8(32頁23行目~末行)項を総合すると、同第8項は、以下のエポキシ樹脂組成物を含んでいると認められる。
「(C)エポキシアルキルハライドと、(D)1分子当たり1個より多くのフェノール性ヒドロキシル基及び1個より多くの芳香族環を有する組成物との反応生成物の脱ハロゲン化水素化から得られ、成分(D)が、(A)少なくとも1個の芳香族ヒドロキシル基と1~2個の芳香族環とを含有し、ヒドロキシル基に対してオルト位かパラ位の少なくとも1箇所を環アルキル化に利用し得る、少なくとも1個の芳香族ヒドロキシル含有化合物と、(B)70~94重量%のジシクロペンタジエン、6~30重量%のC4~C6の炭化水素のダイマー(ジシクロペンタジエンを除く)及びコダイマー、0~7重量%のC4~C6ジエンのオリゴマー、並びに、もしあれば、100重量%にするための残部量のC4~C6のアルカン、アルケン及びジエンを含有するジシクロペンタジエン濃縮物との酸触媒反応から得られたものであることを特徴とするエポキシ樹脂組成物」
また、引用例1には、上記芳香族ヒドロキシル含有化合物について、「ここで使用し得る特に適当な芳香族ヒドロキシル含有化合物は、例えば、フェノール、・・・及びこれらの混合物を含む。」(4頁9行目~17行目、抄訳文1頁)との記載があり、上記エポキシアルキルハライドについて、「特に適当なエポキシアルキルハライドは、例えば、エピクロロヒドリン、エピブロモヒドリン、エピヨードヒドリン・・・を含む。」(7頁1行目~4行目、抄訳文1頁)との記載があり、上記エポキシ樹脂組成物の硬化剤に関し、「固形組成物を製造するために使用し得る適当なフェノール含有物質は、例えば、レゾルシン、カテコール、ハイドロキノン、ビスフェノールA、テトラブロモビスフェノールA、フェノール-ホルムアルデヒド縮合生成物・・・を含む。」(7頁20行目~末行、抄訳文追加)との記載がある。
これらの記載を総合すると、固形組成物を製造するためにフェノール性ヒドロキシル含有化合物を使用し、上記エポキシ樹脂組成物とフェノール性ヒドロキシル含有化合物とを含む組成物(以下「引用エポキシ樹脂組成物」という。)とすることが記載されていると認められる。
(2) さらに、引用例1(甲第4号証)には、以下の記載がある。
ア 「フェノール・ホルムアルデヒド樹脂のような市販の高性エポキシ樹脂は、優れた性質を有しているが、ある場合においては所望されるよりも耐湿性や耐薬品性、電気特性に乏しかったり、あるいは伸度値が低かったりする。・・・前述の欠点の一つまたはそれ以上を解消することに加えて、本発明のエポキシ樹脂は、ある場合には、改善されたモールド収縮性及び改善された耐水性溶剤性を有する。」(1頁7行目~末行、抄訳文1頁)
イ 「実施例19,20及び23の収縮性を2種類の一般的なエポキシ樹脂のそれと比較した。一般的な樹脂(CR)1は、平均エポキシ当量(EEW)が178で平均エポキシ官能基が3.8であるフェノール-ホルムアルデヒドエポキシノボラック樹脂である。」(25頁1行目~6行目、抄訳文5頁)
ウ 「実施例19及び20において作られたエポキシ樹脂の温度安定性は、次の操作を用いてCR1と比較した。収縮度測定で述べたものと同じ処方とキュアスケジュールとを使用して、厚さ1/8"(0.3175㎝)の透明なからの注型品をつくった。1"×3"(2.54㎝×7.62㎝)のサンプルを260℃で暴露し次の結果を得た。・・・実施例19及び20のエポキシ樹脂の耐薬品性は、1"×3"(2.54㎝×7.62㎝)のサンプルを各種の溶剤に23℃で暴露させることによりCR1のそれと比較した。各時間暴露後の重量変化を記録した。注型品は収縮度測定で使用したものと同じ処方およびキュアスケジュールによりつくった。その結果を第4表に示す。」(25頁26行目~26頁末行、抄訳文6頁)
これらの記載によれば、記載アが、引用エポキシ樹脂組成物が固形化されたものを含めた引用例1記載の発明についての説明であることは明らかであって、この記載によれば、上記発明は、耐湿性、耐薬品性及び電気特性に優れ、さらに、モールド収縮性及び耐水性溶剤性を有することが開示されている。一方、記載イ及びウは、上記耐水性溶剤性についての説明であり、ここに記載された実施例19及び20は、上記発明の具体例である。そして、記載イ及びウによると、実施例19及び20と一般的な樹脂(CR1)との比較を、溶剤としての水にサンプルを暴露した後の重量変化、すなわち、水がサンプルに吸収される程度を見て行っており、また、27頁の表には、「水」の欄に実施例19、20及びCR1の増加量の数値が記載され、これによれば、実施例19及び20はCR1と比較して増加量が小さいから、上記耐水性溶剤性とは、水に対しては、低い吸水性を意味しているものと認められる。そうすると、引用例1には、ここに記載された発明に係るエポキシ樹脂が上記の一般的な樹脂より低い吸水性を有していることが具体的な裏付けをもって示されており、引用エポキシ樹脂組成物が硬化したものも同じように低い吸水性を有していることが、より具体的に示されているということができる。
(3) 他方、引用例2(甲第5号証)には、以下の記載がある。
ア 「半導体封止用としての厳しい要求特性を満足できる材料としては、・・・エポキシ樹脂系材料が主流となっている。」(64頁左欄13行目~20行目)
イ 「封止された電子部品にとってもっとも重要な特性は、信頼性とくに長期にわたる耐湿性と電気特性の安定である。・・・樹脂封止ICの場合は本質的に水を通すため、耐湿性の向上が最大の課題となっている。・・・水の進入経路は図2に模式的に示すように、材料表面からの拡散とリードピンと材料との接着不良により生じた隙間からの浸入の2通りが考えられる。耐湿性の不良モードをみてみると、一般的には、前者は封止ICの長期信頼性寿命に、後者は初期不良発生にかかわってくる。こうした水の浸入状況下でより高度な信頼性を達成するためには、種々の工夫が必要となる。」(64頁右欄2行目~65頁右欄5行目)
上記記載によれば、半導体封止材料としてエポキシ樹脂が主流であること、半導体封止材料が樹脂の場合には耐湿性の向上が最大の課題となっていることが認められる。そして、この耐湿性については、水が封止樹脂の表面から拡散浸入しICなどに到達することをその課題の一つとしているから、引用例2には、水が封止樹脂へ拡散浸入する性質、すなわち、封止樹脂の吸水性を低いものとする必要のあることが記載されていると認められる。
(4) そうすると、(2)のとおり、引用例1には、引用エポキシ樹脂組成物が硬化したものは電気特性に優れていることが開示され、引用エポキシ樹脂組成物の用途として電気電子関連用途を示唆するものであり、また、引用例1には、引用エポキシ樹脂の硬化したものが一般的な樹脂より低い吸水性を有していることが具体的に示されている。他方、(3)のとおり、半導体封止材料としてエポキシ樹脂が主流であり、半導体封止用という用途は電気電子関連のものであって、また、引用例2には、封止する材料が樹脂の場合には吸水性を低いものとする必要のあることが記載されているから、引用例1及び引用例2により、引用エポキシ樹脂組成物を半導体封止用とすることは、当業者が容易に想到することができるといわざるを得ない。また、半導体封止用のエポキシ樹脂材料の成分として、通常、充填剤が配合されることは、引用例2(甲第5号証)に記載されている(65頁表2)から、引用エポキシ樹脂組成物を半導体封止用とし、その際に、充填剤を配合することも、当業者が容易に想到することができる。
したがって、以上と同旨をいう審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(顕著な効果の看過)について
(1) 本件明細書(甲第2号証)の表Ⅰ、Ⅱ(4頁)には、例1及び比較実験Aが記載され、例1が本願発明の実施例であり、比較実験Aが本願発明に対する比較例である。そして、これらの例では、例1は比較実験Aに対して、電気絶縁性を示す誘電正接、誘電率及び体積抵抗率並びに耐湿性(121℃の蒸気暴露)につき、有意な差を有している。
(2) そこで、さらに、これらの例を検討する。表Ⅰには、トランスファー成形用組成物を構成する成分が示され(4頁7欄9行目)、その成分項目としては、「樹脂,タイプ/pbw」、「シリカ粉末,pbw」、「離型剤,タイプ/pbw」、「フェノール樹脂,タイプ/pbw」及び「促進剤,タイプ/pbw」があり、本願発明に用いることができる硬化剤としてフェノール-ホルムアルデヒドノボラック樹脂が記載され(3頁5欄30行目~45行目)、上記成分項目「フェノール樹脂,タイプ/pbw」には、フェノール樹脂A、すなわち、「3~5の平均官能価および104のヒドロキシル当量を有するフェノール-アルデヒドノボラック樹脂」が記載されている(4頁7欄2行目~5行目)から、成分項目「フェノール樹脂,タイプ/pbw」は硬化剤に関するものである。さらに、本件明細書には、充填剤として微細シリカ粉末が記載されているから(3頁5欄46行目~48行目)、成分項目「シリカ粉末,pbw」は充填剤に関するものであり、これらの成分項目の内容として、それぞれに成分の種類と成分量が示されている。そして、これらの例は、トランスファー成形用組成物を構成する成分が相違するもので、より詳細には、成分項目「樹脂,タイプ/pbw」における樹脂の種類、成分項目「シリカ粉末,pbw」及び「フェノール樹脂,タイプ/pbw」における成分量において相違し、他のものについては一致している。
(3) そうすると、これらの例は、上記成分項目の内容に起因した、それぞれの電気絶縁性を示す誘電正接、誘電率及び体積抵抗率並びに耐湿性(121℃の蒸気暴露)が対比されているが、本願発明の要旨ではない充填剤及び硬化剤の成分量が相違することによって例1が比較実験Aに対して有意な差を有している可能性が少なくないから、これらの例を根拠として本願発明に顕著な効果があるということはできない。
したがって、本願発明に原告の主張する顕著な効果があるということはできないから、この点に係る原告の主張は、採用することができない。
3 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理申立てのための付加期間の付与につき行政事件訴訟法7条、民訴法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 長沢幸男 裁判官 宮坂昌利)